二王座歴史の道
 二王座は、阿蘇山の火山灰が固まってできた凝灰岩の丘で、あちこちの岩を削り取って道を通しました。特に、旧真光寺の前は「切り通し」と呼ばれる、臼杵を代表する景観のひとつです。辻から入ると上級の武家屋敷が立ち並び、田町側から登っていくと、多くの寺が集まっています。この地域にかつて春日局も住んでいたとか。二王座は、昔日の名残を今もとどめています。平成5年11月には国の都市景観100選にも選ばれています。


     切通し
 
1586年耳川の戦いに敗れた大友宗麟の居城臼杵に島津の大軍が流れ込んできた時の城兵180人と薩摩兵が剣を交えた小戦場。 

   二王座の町並み  
     (ふれあい情報センター裏)
 
二王座歴史歴史の道に面したふれあい情報センターでは臼杵の町並み背景にして合成写真を写す事ができます。100円ではがきに印刷することもできます。観光情報協会の事務所はふれあい情報センターの中にあります。気軽に立ち寄ってみてください。
 
       

 お休み処 旧真光寺
 二王座を訪れた人たちが気軽に立ち寄れるギャラリー。落ち着いた印象を与える各部屋には絵画や書画などを展示しています。散策途中にセルフサービスのお茶を飲みに立ち寄って一息ついてください。

金比羅水(こんぴらすい)

 金毘羅水の名は、この上に祀られた金毘羅様に由来し、別名甚吉坂井戸とも呼ばれている。海添の「山下水」、桟の「桐生水」、市浜の「近衛水」とともに臼杵名水の一つに名を連ねている。

     甚吉坂
 天正14年(1586年)、島津家久を総大将に平清水から島津軍が攻め込んだ時、大友の武将吉岡甚吉ら180余名はこの坂で迎え撃ち、甚吉はこの戦いで敵の首を5つ取ったと言われている。陣吉の武勲を讃えこの名前で呼ばれるようになった。

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